| 1970年 |
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4月、ポーランドの名指揮者ヴィトルト・ロヴィツキ指揮のワルシャワ・フィルと日本各地で共演(ショパンのピアノ協奏曲第1番)。ツアーと同時にレコーディングも行う |
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| 1971年 |
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ポーランド、チェコスロヴァキアでコンサート |
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ボン在住のショパンの権威ステファン・アスケナーゼに師事 |
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ケルン、ハンブルグでコンサート、放送等に出演 |
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名歌手アンネリーゼ・ローテンベルガーと共演 |
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| 1972年 |
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N響のヨーロッパ・ツアーにソリストとして参加、ベルリン音楽祭、ヘルシンキ音楽祭、ザグレブ音楽祭、デュッセルドルフ音楽祭で演奏 |
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| 1973年 |
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日本各地、ヨーロッパでコンサート |
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秋、ショパンのピアノ・ソナタ第3番ほかを録音 |
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| 1974年 |
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ヴァイオリンの海野義雄、チェロの堤剛と共にトリオを結成し、6月にチャイコフスキーの《偉大な芸術家の思い出》を録音 |
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9月、芥川賞受賞作家・庄司薫氏と結婚 |
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秋、東京文化会館大ホールでリサイタル |
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| 1975年 |
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日本各地でリサイタル、各オーケストラとの共演、トリオの公演など活発なコンサート活動を続け、コンサート回数は年間102回 |
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| 1976年 |
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3月、ソビエト演奏旅行 |
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渡邊暁雄指揮の東京都交響楽団(以下、都響)とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をレコーディング。ロマン派の協奏曲のレコーディングの先駆けとしてなる |
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| 1977年 |
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日本国内で87回のコンサートに加え、矢代秋雄のピアノ協奏曲の2回目のレコーディングを行い、アルバムが「レコード・アカデミー賞」を受賞する |
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初めてベートーヴェンのソナタをレコーディング(熱情、ワルトシュタイン)。高い評価を得る |
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| 1978年 |
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4月、4度目のソビエト演奏旅行。チャイコフスキー・ホールでのモスクワ・フィル定期演奏会に出演し、同フィルとチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番をレコーディング。次いで、レニングラード・フィルの定期ではショパンのピアノ協奏曲第1番を演奏して絶賛を博す。キエフとモスクワでのリサイタルを経て、ハンガリーでもコンサート |
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日本国内でのコンサートも60回を数える |
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| 繊細な詩情に加えて、ドラマティックで困難なクライマックスにおいても、その技巧はいささかの衰えも見せない |
| …「ソビエト文化」誌 |
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1979年 20周年 |
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5月、チェコの「プラハの春」音楽祭に出演、再来演を依頼される |
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N響をはじめとした11回の協奏曲演奏を含み、国内では66回のコンサート |
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| もの珍しさを全く超えた高い次元で、しかも決定的にわれわれを感動させた |
| …チェコ「リドヴァ・デモクラツィエ」紙 |
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