中村紘子 50年のあゆみ

~1969 1970~1979 1980~1989 1990~1999 2000~2009
1970年
4月、ポーランドの名指揮者ヴィトルト・ロヴィツキ指揮のワルシャワ・フィルと日本各地で共演(ショパンのピアノ協奏曲第1番)。ツアーと同時にレコーディングも行う
1971年
ポーランド、チェコスロヴァキアでコンサート
ボン在住のショパンの権威ステファン・アスケナーゼに師事
ケルン、ハンブルグでコンサート、放送等に出演
名歌手アンネリーゼ・ローテンベルガーと共演
1972年
N響のヨーロッパ・ツアーにソリストとして参加、ベルリン音楽祭、ヘルシンキ音楽祭、ザグレブ音楽祭、デュッセルドルフ音楽祭で演奏
1973年
日本各地、ヨーロッパでコンサート
秋、ショパンのピアノ・ソナタ第3番ほかを録音
1974年
ヴァイオリンの海野義雄、チェロの堤剛と共にトリオを結成し、6月にチャイコフスキーの《偉大な芸術家の思い出》を録音
9月、芥川賞受賞作家・庄司薫氏と結婚
秋、東京文化会館大ホールでリサイタル
1975年
日本各地でリサイタル、各オーケストラとの共演、トリオの公演など活発なコンサート活動を続け、コンサート回数は年間102回
1976年
3月、ソビエト演奏旅行
渡邊暁雄指揮の東京都交響楽団(以下、都響)とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をレコーディング。ロマン派の協奏曲のレコーディングの先駆けとしてなる
1977年
日本国内で87回のコンサートに加え、矢代秋雄のピアノ協奏曲の2回目のレコーディングを行い、アルバムが「レコード・アカデミー賞」を受賞する
初めてベートーヴェンのソナタをレコーディング(熱情、ワルトシュタイン)。高い評価を得る
1978年
4月、4度目のソビエト演奏旅行。チャイコフスキー・ホールでのモスクワ・フィル定期演奏会に出演し、同フィルとチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番をレコーディング。次いで、レニングラード・フィルの定期ではショパンのピアノ協奏曲第1番を演奏して絶賛を博す。キエフとモスクワでのリサイタルを経て、ハンガリーでもコンサート
日本国内でのコンサートも60回を数える
 
繊細な詩情に加えて、ドラマティックで困難なクライマックスにおいても、その技巧はいささかの衰えも見せない
…「ソビエト文化」誌
1979年
20周年
5月、チェコの「プラハの春」音楽祭に出演、再来演を依頼される
N響をはじめとした11回の協奏曲演奏を含み、国内では66回のコンサート
 
もの珍しさを全く超えた高い次元で、しかも決定的にわれわれを感動させた
…チェコ「リドヴァ・デモクラツィエ」紙
50周年記念ツアー
50周年記念アルバム
50年のあゆみ
  • JAPAN ARTS
  • CLASSIC 1st
携帯サイトはこちら
ページの先頭に戻る